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THEO現在2017/3/7

カイコタンです。

 

2月にはじめたTHEOの記録です。

2/21から2回に分けて、合計25万円を入金しています。

一時、+3000円弱になっていましたが、北朝鮮のミサイルの影響かはわかりませんが、下がってます。

昔ボクがやってた一点買いの投資とは違って、THEOは世界中に分散投資していますので、複合的な要因で上げ下げするのでしょう。

長期で積み立てる予定ですので、一喜一憂しないですが、毎日グラフを見るのが楽しみになってきました。

 

 

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お金とボク

カイコタンです。
 
ボクらが普通に生活していく上で、お金は非常に大切です。
 
友とか、家族の絆とか、お金よりももっと大切なものがあるという人もいますが、まずはお金を中心に考えてみたいと思います。
 
 
自分の生活レベルを維持していく上で必要なだけのお金の額は人それぞれですが、例えば、男性の一人暮らしであれば、家賃、食費、その他を満たす手取りが生活していくことができます。
 
田舎の安い住居で贅沢しなければ、月10万円もあれば生きていけるかもしれません。
つまり、田舎で一人暮らしであれば、手取り月10万円ほど稼ぐ仕事があれば生きていけるということです。
 
安い時給であれば、それなりの時間を働かなければなりませんが、高い時給であれば、労働時間は少なくて済みますので、仕事をしなくてもよい時間には自分を時間をもつことができ、仕事を選ぶことができるかもしれません。
 
 
しかし家族がいれば、必要となるお金の額は大きくなります。
特に子供がいれば、人並みの生活をさせてあげたいのが親心ですが、そのためには、それだけの額を稼げる仕事につかなければなりません。
 
その場合、仕事を選ぶことはできないかもしれません。
 
 
どんな仕事をしようが自由ですが、自分や家族の生活レベルを維持しようとすれば、それだけのお金が必要になるということです。
 
しかしほとんどの人は、望む生活レベルを目指して仕事を選ぶわけでなく、自分ができる仕事をして、その給料の額で生活レベルが縛られるという順序で生きています。
 
いつの間にか高まってしまった生活レベルを維持するため、今ついている仕事を辞めるわけにもいかず、節約してもお金が残らない、給料も上がらないという人が多くいます。
 
 
では、前の例で言えば、月10万円で生きていけるのに、月20万円稼いでしまう場合はどうなるのでしょうか。
 
また、時間に余裕がある場合は何をするのでしょうか。テレビを見たり、パチンコに行ったりするのでしょうか。
 
金銭的にも時間的にも余裕ができたときに何をするかは、その環境になって初めて考えたり、何かをはじめも、結局は軸がなければすぐにやめてしまうことになると思います。
 
 
そうです、今の年金生活者の生活に触れているのです。
 
ボクが知る限りの年金生活者のほとんどは、野菜作りを投げ出すか、パチンコに入り浸るか、テレビを見るか、時間を持て余し、でも年金で十分生活できるから、働くという考えは全くない人がほとんどです。
 
つまり、仕事とはお金を稼ぐためにするのであって、お金を目的とする必要がなければ働かないという考え方になります。
 
ボクらは、今の年金生活者のような余生を過ごすことはできないと考えています。
 
仕事とは何かということを考えていかなければなりません。
 
 
お金のために仕事をするという考え方だけでは、これからの時代生きていくことはできないのかもしれません。
 
お金とか関係なく、自分にできて、生涯続けていけることが実は仕事なのかもしれません。
 
そのような仕事はサラリーマンには見つからないと思います。
 
ボクも見つかっていませんが、まずお金という立場から仕事を見るのではなく、仕事側からお金というものを見つめてみることからはじめてみようと思います。

高齢者とボク

カイコタンです。

ボクは基本平日の昼間に動いていますが、平日の昼間は、どこに行っても高齢者とボクしかいないのではないかという錯覚に陥ります。

2年前の早朝、大阪城に行った時、何故かものすごい人で、それが実は彼らはみんな中国人で、異質なボクが紛れ込んでいると感じたことを思い出します。


高齢者の行動は、常道を逸して、強引な確保や割り込み、暴言とかいろいろありますが、高齢者同士は基本仲良くしようとしているように見えます。

ボクの住む地域の役所(支所)には無料駐車場が併設されていますが、常に駐車場が一杯です。同じ敷地に建てられている体育館や図書館、小部屋(会議室?)に朝から晩まで入り浸り、そのために駐車場を占領しており、一般の利用者が一台も停める余地がないほど常にぎゅうぎゅう詰めです。

役所にそのことを問うと、「高齢者のモラルの問題ですから」との回答でした。では、役所は高齢者にモラルがないからこのような状態になっていると認識しているのか、などとボクが言って、すったもんだがありました。

 

団塊の世代以上の高齢者は(親世代でもありますが…)、ボクらとは全く異なる人種と捉えなければいけないとボクは考えています。

それでも、高齢者の権利と主張している人はまだましで、ボクが一番根が深いと感じているのは、いいおばさん風の高齢者です。このタイプの人は、これまでほとんど働くことなく、専業主婦として生きてきて、今は夫の年金で生活して、平日はさまざま文化活動に積極的に参加しているタイプの人です。人生を学校の延長と捉えているような人です。

 

このような人は悪意がない分、社会に迷惑かけていることを認識していないため、大変厄介だと思っています。

 

 

密かにタバコを吸い続けています

2015年12月、FXで大きな損失を出し、それでもボクは、まだ骨は残っているのだと、まだ立ち上がれるのだと自分に言い聞かせていました。


この失敗は胸に刻まなければならないとして、妻にタバコをやめると宣言し、今日まで早1年と数ヶ月、しかしたぶん、吸わなかった日は最初の数日だけだったと思います。


昼間はボク一人なので、つい吸ってしまい、夜も散歩と称して、外に出て吸っています。


妻も子供たちも気づいていないのか、気づいているのに触れてはいけないとして黙っているのかはわかりません。

 

もういいかげん、タバコを辞めるにあたっては本気を出そうかなと考えています。

 

しかし、やらなくてもいいことはやらないとすれば、人間生活は味気ないものになってしまい、本当は酒飲めないのに飲んでしまうところに、本当に欲しいわけではないのに買ってしまうところに、本当は見なくてもいいのについテレビをだらだら見てしまうところに人間らしさがあるのだと思います。

それは無駄とか悪だと決めつけずに、他人を見れる経験値を積んでいきたいと思います。

投資をまた本格的にはじめようと思っています

ボクは2007年、27歳ぐらいから、いろいろな投資を行ってきました。
最初はネットで株取引を始めました。


20万ぐらいの予算で、適当に買って、値が上がったら売るというのを繰り返していたら、半年ほどで倍になりました。

そして信用取引やFXをちょこちょこ行ううちに、3年ぐらいで400万ぐらいになりました。

さらに稼ごうと思って、その400万をFXにつぎ込んで、0円になりました。

 

 

最終的に金額的には20万円の損失ですが、投資の基本的な考え方と、リスクを学びました。

 

それからFXを主体的に行ってきましたが、大きく損失を出したので、すべて撤退しました。約10年の投資によって得たものは、レクサス1台と株1つ、現金200万円だけです。


投資は難しいのですが、投資を行うにあたってはいろいろな勉強をしなければならず、また、お金に対する、生活や人生に対する心構えを学ぶことができますし、労働してお金を稼ぐというだけではなく、お金を放してそのお金が戻ってくるときは、さらにお金を連れて帰ってくるというイメージを持つことができます。

 

 

最近、また投資を始めました。

 

今は、

theo.blue

crowdbank.jp

を始めています

 

一年ほどやってみて、よかったら増額してみようと思っています。


ビットコインとかも興味がありますが、投資というよりも投機的な感じがして、まだ検討は進めていません。

 

 

 

 

 

ハニートラップには気をつけろ!?

日本酒を飲んで寝ると、夢を見ることがあります。


昨夜は、高校生のボクに彼女ができて、いい雰囲気になったとことろでコンドームがないことに気づき、近所のドラッグストアに買いに行くものの、突然道に迷い、絶望するという夢でした。

 

実際の高校生の頃の体験とは全く違いますが、何か懐かしい、胸が締め付けられる気持ちで目が覚めました。

 

ボクの脳は夢を通して、何故ボクにそのような物語を見せたのか考えました。自己防衛ではなさそうな気がします。

 

ニートラップに気をつけろという暗示なのか、高校生の頃はよかったなぁという回帰願望なのかよくわかりませんが、楽しい夢でした。

 

成長期待(息子のサッカーを見て)

中学生の長男はサッカーのクラブチームに所属しています。

長男は、小学時代、地元のスポーツ少年団のチームに所属していましたが、中学生になるにあたって、部活動でサッカーを続けるか、クラブチームに入るか悩んでいました。


自分が成長できる環境はどこなのか悩んでいたようで、ボクも一緒に考えましたがよくわからず、結局、「自分が一番サッカーしたい環境を選んだらいいんじゃないか」としか言いませんでした。

 

部活動は、基本毎日練習することができます。クラブチームは週2〜3日の練習となります。クラブチームは各種大会に参加して、チーム内での厳しい競争がありますが、部活動は基本的に学年主体のチームで、主に中体連の大会の参加となるため、公式戦の数が少なくなります。


いろいろ考えたようですが、長男は地元で一番強いクラブチームを選びました。

 

ボクが、長男のサッカーを見てきて思うことは、指導者とか、指導力とか、選手の伸びしろとかは関係ないということです。

チームに入る時点でほぼ決まっているというか、本人の努力とかあまり関係ないと思いました。


結局、できる奴はどんな環境でもやるし、できない奴はできないと感じています。


強いチームは最初からできるやつを集めてるだけということです。

ボクの感覚では、人の才能は12歳前後でほぼ固定するのではないかと思います。

 

そう考えれば、サッカーに限らず、勉強とかその他の分野でも、子供たちの優秀な片鱗を、大人が見極めることができれば、その子は将来有望ということでしょう。

 

サッカーで言えば、小学校卒業の時点で、ある程度足が速かったり、テクニックがあれば、中学、高校時代まではそこそこやれるというこで、仮にできない子が急激に成長してたとしても、追いついたり追い抜いたりする可能性は非常に低いということでしょう。

つまり、少々の努力では才能には追い付けないということを長男も今、悲しいくらいに感じていることでしょう。

 

だからボクは、長男に、将来は既存の、才能の世界で勝負するのではなく、自分が努力せずに圧倒的に勝てる世界を自ら作りだして、その世界で生きていく術を身につけていって欲しいと願っていて、「すべて本人に決めさせる」という教育方針を続けています。

Divveeというもの

昨年末、Divveeというものに誘われ、友人二人とその紹介者の、いわゆる子になりました。
これまでのネットワークビジネスのイメージとは少し違いますが、ピラミッド上位者は得するという構造は同じだと思いました。
 
数年前に、多重債務の知人がネットワークビジネスにはまり、勧誘されたことがありました。その人に会ってみると、はまる前と比べて、人が変わったように感じました。
体に良いという水を売っており、いろいろ説明を聞きましたが、商品が怪しいし高い、あなたの下にはつきたくないとか、考えてお断りしました。
 
今回のDivveeの紹介者も同じ匂いがしました。
ネットワークビジネスは、それまでの付き合いを破壊する威力がありますが、まぁ付き合いで3000円だけならしょうがないか、と思い参加しています。
 
現在はアンドロイドスマホで使用できるアプリをダウンロードして、動画を見たりしていますが、何とも怪しいです。
 
しかし、もしかしたら本物!?という期待もあって動画再生はしています。
 
飽きっぽいボクはあと一ヶ月進展がなかったらやめると思います。

家と生き方をどうするか

子供達があと数年で巣立ちますので、その後夫婦2人の小さな家を建てたいと思っています。


少し田舎で、できるだけ広い土地を買って、できるだけ小さな家を建てたいと考えています。
購入資金は、現在2000万円弱の貯金があるのと、あと5〜6年、年間200万年程度の貯金をして、一括支払いしようと考えています。


住宅は、ボクができるだけ綿密な計画をして(ボクは一応一級建築士の資格を持っています。)、数社の見積もりをとって、1000万円前後、土地も1000万円程度と考えています。


30坪前後の土地に、できるだけ目一杯の建物を建てて、家族は各個室をもって、親はローンの支払いのために数十年働き続け、定年後は年金暮らしという人生設計は、もうありえません。


しかしボクらは、そのような団塊世代の価値観に縛られつづけ、でも団塊世代のようには生きられないギャップを感じながら生きています。

ボクは、親世代以上の世代の価値観に疑問を抱くようにしています。その世代がありえないと思うような選択をしていけば、結果それが自分にとって正しい選択になりやすいのではないかと思っています。

 

団塊世代が数十年前に建てた家を中古で買って住む気には到底なれませんし、かといって、今から何十年もの住宅ローンを抱える気もさらさらありません。

収入と照らして、無理のない範囲で生活していくのがこれからは良い選択だと思っています。

ボクの会社についても、できるだけ商いを大きするべきだとか、一つの事業に集中するべきだとか、いろいろ言ってくる団塊世代の人もいますが、ボクの事業についての考え方は全く逆で、できるだけ小さい規模で利益を大きく、いろいろやってみることを実践するようにしています。

自分を知る

ボクは今年で38歳になります。

仕事は自営でインターネットを通して各方面から仕入れた小物を販売しています。
税金対策のために法人化して、一人社長という状況です。

生活費の半分は経費で落としているので、ボクの役員給与は低く設定して、個人的にも法人的にも税金のかからない状態にすることができています。

 

あと数年は現在の体制でいけるのではないかと思っています。

2000年に社会に出た時は、一部上場企業に入社しましたが、当時は現在のようにモラハラやブラックという言葉はなく、ただ上司からの圧力に耐え、サービス残業で深夜の帰宅の毎日でした。

体力的というよりも、精神的に危険を感じて、あっさりと辞めました。

そして、公務員が楽そうだからという理由で自治体に入庁しましたが、公務員気質に馴染めず、数年後辞めました。

その後紆余曲折を経て、縁あって現状になりもう5年が経ちました。

今の状況には満足しており、何よりも時間が自由ということで、日々楽しく過ごすことができています。

自分はどんな仕事がしたいのかというよりも、自分の特性を知ることが一番なのだとこの歳になってやっと気が付きました。

ボクがブログを書く意味を考えました。

SNSはやってますが、ここであえてブログを開設する意味を考えてみました。

情報発信というよりも、日々の思考を吐き出したいという欲求にかられました。

ボクは、人を動かすパワーの源は、欲と怒りだと思っています。

人の欲は限りなく、ボクにも、金銭欲、所有欲、性欲、食欲などもちろんあります。

 

それらを満たすためにボクは日々戦っているのだと思っています。


でも、それらが全て十分に満たされたら……

生涯賃金を満たすお金があったら、

家も車も趣味のものも、一方的に恋した女性も意のままにできたら、

生涯困らないだけの食料が確保できたら、

ボクは何をして生きるのか、何故生きるのか考えてしまうのかもしれません。

ボクは欲を満たすために生きているのであれば、もしその欲が満たされたとき、それ以降のボクの人生は無意味になってしまうのかもしれません。

(満たされても次の更なる欲が生まれるのかもしれませんが…。)

 

また、これまでのボクの人生を振り返った時、怒りに突き動かされたパワーはとてつもないことを体感しています。

突発的な怒りはすぐに収まりますが、ふつふつとした怒りは限りないパワーを生みます。

怒りエネルギーをもってすればこの理不尽な社会を変えられるのかもしれません。

 

 

ボクの欲と怒りの日常をつづっていくブログとなります。


支離滅裂ですが、ブログはじまりにあたって考えました。